「外国人との秩序ある共生社会の実現のための有識者会議意見書」の手交式
- 川西ケンジ

- 4 時間前
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「秩序」への転換 - 日本における移民政策の変遷とデジタル監視社会の幕開け(1990-2026)
2026年1月23日、日本政府は今後の多文化共生の在り方を決定づける歴史的な文書を公式に採択した。その名も「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」である。本日開催された「外国人の受入れ・秩序ある共生社会実現に関する関係閣僚会議」において、わずか10分足らずの議事で承認されたこの決定は、単なる事務的な更新ではない。一部の外国人によるルールの逸脱や制度の不適正利用に対する「日本国民の不安や不公平感」に対処することを大義名分に、外国人住民を「共生」の対象から「デジタルによる厳格な管理」の対象へと完全に移行させる、極めて重大なパラダイムシフトである。
2026年1月23日の評決:デジタル監視網の完成
今回の決定の核心は、マイナンバー制度と入管業務を完全に融合させた「在留管理DX」の推進にある。具体的には、在留カードとマイナンバーカードの原則一体化が断行された。これにより、出入国在留管理庁は関係機関から、国民健康保険料や国民年金保険料の納付情報、住民税の課税情報、さらには医療保険の資格情報までをリアルタイムで直接取得することが可能となった。特筆すべきは、税や社会保険料の未納、さらには公的義務の不履行が確認された場合、永住許可を含む在留資格を公正かつ厳正に取り消す運用が明文化されたことだ。
また、2028年度中には「電子渡航認証制度(JESTA)」を導入し、入国前の事前チェックを厳格化することも決定された。これに加え、不法滞在者を5年以内に半減させる「不法滞在者ゼロプラン」の強力な推進や、難民認定申請の処理期間を平均6ヶ月以内に短縮する迅速な審査体制も盛り込まれた。さらに、不動産登記や森林法などの土地関連制度において国籍把握を強化し、2027年度以降には土地所有情報を集約した「不動産ベース・レジストリ」を整備することで、外国人の土地取得の透明性を極限まで高める対策も打ち出された。
政策を決定した「最強の布陣」
この強固な方針を決定したのは、内閣官房長官を議長とする関係閣僚会議である。副議長には「外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣」と法務大臣が就き、構成員には日本経済再生担当、金融担当、さらにはこども政策や防災担当など、政府の主要ポストが勢揃いしている。これは、外国人の管理がもはや法務省の一局の問題ではなく、国家の安全保障と社会秩序を維持するための「政府一体」の最優先課題であることを示している。
しかし、これほどまでに隙のない監視体制は、いかにして構築されたのか。それは突発的な変化ではなく、過去36年間にわたり静かに、しかし着実に進められてきた国家戦略の帰結である。
歴史の始まり:1990年代のデカセギと「労働力」の視線
日本の入管政策の転換点は1990年に遡る。深刻な労働力不足を背景に出入国管理法が改正され、日系人に門戸が開かれた。当時、外国人人口は約100万人に過ぎなかった。メディアは「多文化共生」という言葉を使い始めたが、それはあくまで祝祭的な概念に留まっていた。私は2000年に来日したが、当時の多くの外国人同様、「いつかは帰る」という暫定的な心理状態で日々の労働に従事していた。
2006年:理想主義の誕生と自治体の模索
大きな転機は2006年3月、総務省が発表した「多文化共生の推進に関する研究会報告書」である。私は後に、自身の「多文化共生社会実現計画」を策定する際、この文書を徹底的に分析した。この計画は外国人を目に見える「住民」として位置づけ、多言語支援を地方自治体に促した。これを受け、長野県などの自治体も「多文化共生推進指針」を策定したが、2015年当時の初期の指針が現在では閲覧困難になっているように、初期の試行錯誤の形跡は次第に政府の巨大な管理システムの中へと埋没していった。
2012年:管理の集権化と個人的な覚醒
2012年、在留カード制度の導入により、外国人管理は市区町村から法務省へと一元化された。同じ頃、私は息子の教育問題という個人的な壁に直面し、工場労働を離れて支援の世界に身を投じた。当初は任意団体として活動し、2006年の理想を形にしようと試みた。しかし、活動を細分化し試行錯誤を繰り返す中で、ボランティア精神だけでは限界があることを痛感した。本当の意味での共生には、経済的な持続可能性とプロフェッショナリズムが必要である――その確信が、株式会社PUTZ Networkの設立へと繋がった。私は、外国人が透明性を持ち、自立した存在であることが真の信頼を得る道だと考えた。しかし、国が構築した「透明性」は、私の意図とは異なり、デジタル的な「排除の道具」へと変質していった。
2026年:秩序の名の下に
2018年の特定技能新設、2022年のロードマップ、そして2025年11月の高市早苗氏らによる新体制下での「共生」から「秩序ある共生」への言葉の置き換えを経て、外堀は完全に埋められた。
2026年1月23日に承認された包括的な対応策は、36年に及ぶ歴史の終着点である。日本は400万人近い外国人住民を抱える国となったが、その実態は、アルゴリズムとマイナンバーによって一挙手一投足が監視される「秩序」の社会である。かつて2006年に夢見た、人間味のある共生社会は、今や冷徹なデータ管理システムへと姿を変えた。我々は今、この監視の網の中で、いかにして自らの尊厳と権利を守り、真の多文化共生を再構築すべきか、その真価を問われている。




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