日本の治安の悪さは、外国人の所為?
- 川西ケンジ

- 28 分前
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最近、日本のSNSや街頭演説で「外国人が増えたから治安が悪くなった」「外国人は日本の税金で生活し、犯罪を撒き散らしている」といった過激な言葉が飛び交っています。
多文化強制ではなく、多文化共生の実現を目指す立場から見れば、これは非常に悲しい現実です。
政治の世界でも、参政党や日本保守党といった勢力が、外国人に関して「日本の文化は守らない。ルールは無視する。日本人を暴行する。日本人の物を盗む」、「労働者の質も悪い。福祉のただ乗り、健康保険のただ乗り、『働けないから生活保護をくれ』とか」、「善い外国人はいいが、悪い外国人は排除すべきだ」、「いい仕事に就けなかった外国人が集団で万引などをして大きな犯罪が生まれている」、というに分断する発言が多くあります。
これらの発言は、事実と虚偽を巧妙に混ぜ合わせた構造を持っています。外国人の良し悪しを個別化せず、「外国人」ひとくくりで発信し、攻められたら「全ての外国人がそうだと言ってない」などと逃げ道を確保しています。発言のタイミングでは、二分法で外国人排除を促し、一見、正論のように聞こえますが、その「悪い外国人」の定義は曖昧なまま、国民の中に「外国人=潜在的犯罪者」という漠然とした恐怖心だけを植え付けています。
日本では、ヘイトスピーチが許されているの?
結論から言うと、許してはいないと宣言しているが未だにそれをする人たちの責任が問われていないところを見ると許されている状況です。
日本には、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」いわいる「ヘイトスピーチ解消法(2016年)」があります。
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」は、外国にルーツを持つ人々に対するヘイトスピーチが許されない行為であることを国として明確に示しつつ、国や地方自治体に相談体制の整備や教育・啓発などの取組を求める一方で、差別的言動を行った個人に対する直接的な禁止規定や刑事・行政上の罰則は設けておらず、実際の規制や罰則の有無は各自治体が制定する条例に委ねられている。
つまり、「ヘイトスピーチが良くないよね」と国として宣言しているものの、禁止行為が定められておらず、逮捕・罰金・懲役・行政罰などの罰が定められている訳でもありません。日本特有の「努力義務」、理念法・促進法に近い法律です。
もちろん、「ヘイトスピーチ解消法」そのものに罰則はありませんが、個別の事案においては、名誉毀損罪や業務妨害罪、あるいは自治体条例などが適用され、結果として刑事罰や民事責任が問われた例は存在します。
果たして、日本人は何でも鵜吞みにするほど純粋でしょうか?
私は、この「不安の正体」を突き止めるため、法務省が発表した最新の「令和6年版 犯罪白書」と、関連する人口統計を徹底的に照らし合わせました。そこに見えてきたのは、政治家が口にしない、あまりにも皮肉な「真実」でした。
2005年から「70%も激減」している事実
まず、最も初歩的な嘘を暴きましょう。「外国人が増えて犯罪が増えた」という主張です。
白書260頁のデータを見ると来日外国人による刑法犯の検挙件数は、2005年の33,037件がピークでした。そこから右肩下がりに減り続け、令和5年は10,040件です。この20年間で、在留外国人の数は過去最高を更新し続けているにもかかわらず、彼らによる犯罪は3分の1以下にまで減っているのです。
人口が増えているのに犯罪が減っている。この事実だけで、「外国人の増加が治安悪化の原因」という言説は統計的に完全に破綻しています。
「分母のトリック」を排除した「真の犯罪率」
多くの人や悪意ある人などが「日本人の犯罪率」と「外国人の犯罪率」を比較する際、大きなミスを犯します。日本の全人口には、犯罪をほぼ起こさない「15歳未満の子供」と「膨大なお年寄り」が含まれています。対して、日本にいる外国人の多くは、働きに来ている「20代から50代」が中心です。
犯罪統計学において、最も犯罪を起こしやすいのは20代〜60代の「生産年齢人口」です。
そこで、「20歳から64歳までの日本人」と「同年代の外国人」という同じ土俵(条件)で人口あたりの犯罪率を比較すると結果は、どちらも概ね同程度(おおむね1〜2%前後)という数値に収束します。
つまり、国籍は関係ありません。同じ年齢層、同じ経済的プレッシャーの中にいれば、人間は日本人であろうが外国人であろうが、統計的に「全く同じ割合」で罪を犯すのです。外国人が特別に犯罪を犯しやすいという根拠は、どこにもありません。
ここでよく持ち出されるのが、次の反論である。「日本と比べて、外国の多くの国では犯罪率が高いではないか。だとすれば、外国人は日本人よりも犯罪を犯しやすい人々なのではないか」。
しかし、この主張は「国ごとの犯罪率の違い」と「人間そのものの犯罪傾向」を混同している点で、統計的にも社会学的にも正確ではない。各国の犯罪率の高低は、民族や国籍によって決まるのではなく、主として貧富の格差、雇用の安定性、社会保障の充実度、法制度の信頼性、警察・司法の機能、地域社会による非公式な統制といった社会的・制度的な環境要因によって左右される。実際、犯罪学の国際比較研究では、同じ属性の人々であっても、置かれる社会環境が変われば犯罪率は大きく変動することが確認されている。
外国人が日本で生活する場合、低い暴力犯罪率、強い法執行、明確なルール、周囲からの社会的監視、そして比較的安定した社会構造の中に組み込まれるため、結果として日本人と同じ水準まで犯罪率が収束する。これは、「外国人が本質的に犯罪を犯しやすい存在である」という主張を裏付けるものではなく、むしろその逆であり、犯罪発生の決定要因は国籍や民族ではなく、環境であることを示している。
すなわち、同じ年齢層、同じ経済的プレッシャー、同じ社会制度の下に置かれれば、日本人であろうと外国人であろうと、統計的に犯罪率はほぼ同一になるのである。
こうした説明に対して、典型的に挙げられるのが次の指摘だ。
「日本国内であっても、外国人が多く居住する地域や、特定の国籍の外国人が集中している地域では、犯罪率が高いではないか」という指摘である。
しかし、この指摘は一見すると反証のように見えて、実際には前述の結論を否定するものではない。むしろ、犯罪の発生要因が国籍ではなく「環境」にあることを、別の角度から裏付けているに過ぎない。
外国人の集住が進む地域では、言語的孤立、低賃金・不安定雇用への集中、住環境の劣悪化、地域社会との分断、制度へのアクセスの困難さといった条件が重なりやすい。これらは、日本人であっても犯罪リスクを高める要因であり、外国人だから犯罪が増えるのではなく、「特定の社会環境」が犯罪を生みやすくしているのである。
実際、外国人の居住が分散し、日本人と同様の雇用条件、社会的つながり、地域コミュニティへの参加が確保されている地域では、犯罪率は顕著に低下し、日本人とほぼ同水準に収束する傾向が確認されている。これは、同じ人々であっても、置かれる環境が変われば結果が変わることを示している。
すなわち、外国人が母国で生活している場合、日本国内で集住している場合、あるいは日本社会に安定的に組み込まれている場合では、それぞれ「環境」が異なり、その違いが行動の差として表れているに過ぎない。最終的な結論は一貫している。犯罪を規定するのは国籍でも民族でもなく、人が置かれた社会的・経済的環境そのものである。
「社会の重荷」というレッテルと、日本人の生活困窮
「外国人が生活保護を食い潰している」という言説も、白書の「特別調査」の結果(373-376頁)を見れば疑問が残ります。
窃盗(万引きなど)で検挙された者の動機を分析すると、日本人・外国人に関わらず、その最大の要因は「生活費の困窮(37.4%〜61.2%)」と「健康上の問題」です。
特に注目すべきは、65歳以上の日本人高齢者による犯罪です。白書252頁によれば、高齢者の検挙人員は41,099人に達しています。これは外国人全体の検挙人員の約4倍です。日本の治安を語る上で、私たちが本当に向き合うべき「重荷」は、外国人ではなく、自国の「超高齢化」と「貧困」が生み出す歪みではないでしょうか。
一方で、こうした分析に対し、次のような異論も根強い。
すなわち、「外国人労働者という低賃金の労働力が流入した結果、日本の平均賃金が押し下げられているのではないか」という見方である。
確かに、労働市場における需給関係という観点から見れば、労働供給が増えることで賃金に下押し圧力がかかる可能性自体は否定できない。しかし、この説明は日本の賃金停滞の実態を十分に説明するものではない。
日本では、いわゆるバブル経済崩壊以降、外国人労働者の増減とは無関係に、長期にわたって平均賃金も最低賃金も実質的な上昇をほとんど示してこなかった。一方で、物価はとりわけ新型コロナウイルス感染症後の経済環境の変化を受けて急激に上昇し、生活必需品を中心に価格が下がる兆しは見られない。
この状況を踏まえれば、日本の賃金の低迷を外国人労働者の存在に帰するのは適切ではなく、むしろ賃金決定構造、企業の内部留保の使われ方、生産性向上の停滞、長年続くデフレ志向の経済運営といった国内要因こそが主要な原因であると考えるべきである。
さらに付け加えるなら、外国人労働者が日本人と同じ雇用市場で直接競合しているという前提自体が、現実とは大きく異なる。
実際には、外国人労働者が従事している分野の多くは、日本人が応募しない、あるいは長期間就業を維持できない職種であり、いわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」と呼ばれる労働環境に集中している。これらの仕事は肉体的・精神的負担が大きいにもかかわらず、日本人の生活水準や期待賃金に照らすと報酬が著しく低く、日本人労働者にとって魅力的な雇用条件とは言い難い。その結果、これらの分野では慢性的な人手不足が生じ、多くの企業が「日本人を雇いたくない」のではなく、「提示できる賃金水準では日本人を確保できない」という状況に置かれている。
このような中で、外国人労働者を確保できた企業は事業を継続し、社会に必要なサービスや製品を供給し続けることができる一方、人手を確保できなかった企業は廃業に追い込まれるケースも少なくない。供給する事業者や商品が減少すれば、需要とのバランスが崩れ、結果として物価が上昇する。
すなわち、外国人労働者の存在は、賃金を押し下げる原因というよりも、むしろ社会全体の供給能力を維持し、物価の急騰を抑える側面を持っているとも言える。こうした構造を踏まえれば、低賃金問題を外国人労働者の流入に帰するのは因果関係を取り違えていると言わざるを得ない。
そもそも賃金停滞は外国人労働者が増加する以前から続いてきた現象であり、もし外国人がいなければ問題が解決していたと考える根拠はない。むしろ問われるべきなのは、「求人が存在するにもかかわらず、なぜ日本人の失業や非正規雇用が解消されないのか」「日本語能力や社会的規範を共有する日本人がいる中で、なぜ企業は外国人労働者を必要とするのか」という点である。
これらの問いに向き合わない限り、外国人を原因とする議論は問題の本質から目を逸らすものに過ぎない。
厳しすぎる「検挙の壁」
さらに、白書を深読みすると、ある「不均衡」に気づきます。日本人、特に女性の万引きなどに対しては、検察に送致せずに警察の段階で処理する「微罪処分」が38.5%〜48.5%も適用されています(319, 342頁)。
一方、外国人の場合、身分の不安定さから微罪処分が適用されにくく、同じ罪でも「検挙(送致)」という形で統計に残りやすい傾向があります。この「統計上のバイアス」を考慮すれば、外国人の実質的な犯罪傾向は、日本人よりもさらに低い可能性さえあるのです。
私たちは何に怯えているのか?
参政党などのポピュリストが煽る「不安」は、数字という盾の前では無力です。
白書が証明しているのは、「人間は国籍ではなく、置かれた環境で行動する」というシンプルな事実です。
私たちは「外国人」という鏡に、自分たちの社会が抱える「貧困」「孤独」「高齢化」という影を投影し、それを恐れているだけではないでしょうか。根拠のない排外主義に逃げ込むことは、日本の本当の問題を解決する機会を奪うことになります。
『犯罪白書』という1,000ページ近い公的資料を読み解けば、結論は一つです。「治安の敵は外国人ではなく、真実を見ようとしない私たちの偏見である」。
私自身もまた、日本で生活し、働く外国人の一人である。だからこそ、「外国人」という曖昧な言葉で語られる不安や恐怖が、どれほど現実から乖離しているかを、日々の生活の中で実感している。
外国人にとって息のしにくい環境となった現在ではありますが、引き続き日本における多文化共生社会の実現に向けて努力して参る所存です。




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